『思い出のメロディー』とともに消えた反戦平和の祈り 『異国の丘』

8月の第2週の日曜日に『思い出のメロディー』という
歌番組を放送しているの知ってますか?

この番組、『夏の紅白』と呼ばれていて、
制作費もかなりかかった番組でした。

NHKにとっては、紅白歌合戦の放送リハーサルのような番組で
あえて、生中継でやっていたようです。

『思い出のメロディー』の歴史については
ウィキペディアに、詳しいこと書いてあったのですが、
今調べたら、内容が大幅に書き換えられていて、びっくりです。

『思い出のメロディー』は毎年、70に近くなる僕の両親が楽しみに観ていました。

我が家では、『歌謡コンサート』をみる習慣があったので、
その流れで、子供の頃から、『思い出のメロディー』
父親の晩酌の隣で見ていました。

しかし、ここ2、3年は『思い出のメロディー』全く観なくなりました。

僕の両親も観なくなりました。

『歌謡コンサート』も観なくなりました。

理由は単純明快で、

懐かしい思い出の曲が流れていないからです。

母親いわく、親の世代、私から見れば祖父母の世代は
必ず『思い出のメロディー』を見ていたそうです。

『思い出のメロディー』は、往年の歌手が出てきて歌います。

この往年というのは、僕が大学生の時は、
だいたい、戦前から、昭和30年代までにヒットした歌手です。

僕の両親が、大学生の頃に、祖父母と一緒にみたような歌手です。

まだ演歌とか、そんなにない頃の歌ですね。

歌謡曲です。

歌謡曲って言っても阿久悠とか平尾昌晃の歌謡曲ではないです。

戦前の歌謡曲ですね。

 

曲としては、声楽科出身の歌手とか多いので
レベルは高いですね。

 

淡谷のり子、藤山一郎、東海林太郎とか。

 

発声としては、今のEXILEよりうまいかもしれません。

古関裕而、古賀政男や吉田正の作曲の歌とか多かったですね。

あとは、戦後の美空ひばりはもちろん、もっと前の人、
芸者上がりの美ち奴とか、霧島昇、近江俊郎とか
三波春夫(シベリアに抑留されていた)、春日八郎、三橋美智也です。

新しいいところでムード歌謡ですかね。

基本的には、戦前戦中を思い出すような曲が多かったです。

そういうのを楽しみにみていた、
おじいさんおばあさんが、いたんです。
その世代は、僕の祖父母にあたる世代です。

ちなみに、

僕の祖母は92でまだ元気ですが、東海林太郎のファンです。

実は僕も、5年前くらいから真剣に見ていました。
戦前の歌謡曲が好きで、一時期レンタルして聴きまくってました。

最近まで、『思い出のメロディー』には
三浦洸一や岡本敦郎が、80過ぎても元気ででていました。

あとは、古い歌は、カバーですね。

本人が歌っていることはありません。

僕が小学生、中学生だった80~90年代にも
『思い出のメロディー』を観ていたのですが、
日本の歌謡曲に興味がないので、親が観ているとなりで
しかたなく観ていた気がします。

子どもの僕にとっては、
この番組は、終戦記念日とセットの番組という印象が強いです。

昭和天皇がご存命の頃は、特にその印象が強いです。

戦争で苦労して、戦後の貧しい時代を生き抜きぬき
復興に青春を捧げた、おじいさんおばあさんの思い出が
リクエストのハガキとともに語られていました。

曲紹介に、敗戦への人々の思いが語られていました。

とにかく、戦争の思い出という意味での

『思い出のメロディー』でした。

二度とあんな戦争くりかえさない

反戦平和

そんなメッセージにあふれた歌番組でした。

吉田正の『異国の丘』って曲は、必ず歌われていた記憶があります。

シベリア抑留の兵隊さんに歌われていた歌だそうです。

この動画見るだけで、戦後というのが何だったのかよくわかります。

戦争で亡くなった方々に申し訳ない。

そんな気持ちが、みんなの表情にあふれています。

胸がつまりますね。

僕の祖母のように、戦中派の方々が、
すでに90歳近くなってしまっているので、
『思い出のメロディー』のメインの視聴者層が少なくなりました。

戦争の悲惨な影がなくなって、
『思い出のメロディー』もよくわからない番組になりました。

とくに、この3年くらいで、
団塊の世代より下の曲がメインになりました。

フォークとか、ニューミュージック系が多くなります。

そして、反戦平和のメッセージもさっぱりとなくなりました。

ほんとに、社会党を応援して、護憲運動していたような
リベラルなおじいさんおばあさんは、どこへいってしまったのか?

みんな、鬼籍に入ってしまったのか?

これが驚きなんですね。

ああいう、おじいさんおばあさんの目の黒いうちは
やっぱり、憲法改正なんて死んでも言わないし言えないわけです。

『異国の丘』を聴きながら、

ほんとにひどい目にあったと

戦争はもうまっぴらだ、

そう思う世代が、みんないなくなって、

僕が子供の頃に、終戦記念日に感じた、

なんだろう・・・

玉音放送を聴いた体験を

みんなで思い出すような

雰囲気は、失われていくのでしょうね。

それは、

おじいさん、おばあさんのことも、

忘れてしまうような

悲しさがあります。

それじゃいけないだろうって、思います。。。

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