人の心の「苦しみ」や「悲しみ」を推し量る 強運になる!!

小林秀雄という批評家が書いた

『人形』というエッセイがあります。

手短に紹介します。

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小林秀雄が、大阪行きの列車の食堂車で夕食をとっています。

すると、老夫婦が、やってきて前席に座りました。

その老夫婦の奥さんは、おおきな人形を抱えていて、

その人形に食事の世話をしていました。

 

小林秀雄は、その異様な光景を見て

やがて、人形が、老夫婦の死んだ息子の変わりであることを理解しました。

 

息子が戦死したことを忘れられない母親が、

その人形を生きた息子だと信じて生活しているのだろう、

彼はそう思いました。

 

やがて、そのテーブルに女子大生が相席になりました。

彼女も席について、老夫婦と人形の様子を見ていました。

 

やがて、彼女も、この人形の意味を理解したのが
となりにいた小林秀雄にも伝わってきました。

 

そのまま、普通に4人で食事を続けたというのです。

 

誰かが余計なことをいったら、どうなっていただろうと

小林秀雄は最後に書いてます。

 

 

 

人間は誰しも、他人とは共有できない

「苦しみ」や「悲しみ」の感情を抱えて生きています。

 

それが目に見えるかたちで現れている場合もあります。

 

 

それに対して、「かわいそうだ」「気の毒だ」と、
すぐに同情の言葉を口に出す人がいます。

 

それは、良心的な同情なのでしょう。

 

しかし、

僕はそれを聴くたびに、いたたまれない気分になります。

 

目に見えるかたちで、他人の「苦しみ」や「悲しみ」が見えても

当の本人が、どう考えているかは、わからないです。

 

生々しい「苦しみ」や「悲しみ」の感情は、
忘れるように、思い出さないように
時間をかけて、その人の心が処理します。

 

 

時間をかけて、認めたくない現実を受け入れて
人間の心は、正気を保って日常生活を過ごします。

 

 

人形を、息子だと信じるようになるまでの他人の心の働きを、
「かわいそうだ」「気の毒だ」の一言で
理解したつもりになることは、残酷だと思います。

 

 

良心的な同情というのは、単なるエゴです。

 

 

「苦しみ」や「悲しみ」は、息子の化身としての
人形に現れているのではありません。

 

老夫婦の心の中にあるのです。

 

その人の身になって、「苦しみ」や「悲しみ」を推し量れば、
人間の持つ心の働きに、人智を超えた意思の存在を感じます。

 

その意志の存在が魂だとするなら、

魂には、畏敬を感じずに入られません。

 

良心的な同情というのが、単なるエゴに感じられるのは、
他人の心の中にある魂を、
結局は、軽視しているし、貶めているせいだと思います。

 

良心的な同情でもって、子どもを虐待する親がいます。

 

いくら子どもを、口では愛しているといっても、
子どもの魂を踏みにじる親がいます。

 

生きている子どもにさえ、愛を抱けない親がいて、

その一方で

物言わぬ人形に、死んだ息子の魂をみている親もいます。

 

人の心の「苦しみ」や「悲しみ」を推し量って
その人の魂のために「でも、幸せなことがおこりますよ」と
そっと、祈ることのできる人間でありたいです。

 

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