人はなんで生きるか トルストイ民話集 岩波文庫

ロシアの文豪トルストイの

『人はなんで生きるか』

という短篇集を読みました。

素晴らしい作品です。ぜひオススメです。

あらすじと感想を話しました。

☆『人はなんで生きるのか』あらすじ

貧しい靴屋のセミョーンは、礼拝堂に裸で行き倒れている

ミハイルというイケメンを助け、家に連れて帰る。

セミョーンの妻も、ミハイルを助けることを承知する。

ミハイルは、恩返しに、セミョーンの家で靴屋を手伝う。

彼の靴職人としての才能が開花し、繁盛する。

 

働きながら、ミハイルは

「人の中には何があるか?」

「人に与えられていないものは何か?」

「人はなんで生きるか?」

という3つの神様からの宿題の

答えを見つける。

 

☆感想

晩年のトルストイの作品です。

短編ですが、民話を元にして1年かけて

33の草稿から推敲を重ね執筆したそうです。

 

この短編には、ヨハネによる福音書のエピグラフがついています。

ヨハネによる福音書は、イエスを人間くさく描いています。

貧しい人が肌をあわせて温めあうような、

人間臭い愛に価値を与えています。

 

遠藤周作のキリスト観も、この福音書の影響が大きいです。

ロシア人のもっているロシア正教の愛も、同様ですが、

トルストイはロシア正教会から破門されています。

 

読んでみて、目頭熱くなりました。感動しました。

 

 

「人の中には何があるか?」

「人に与えられていないものは何か?」

「人はなんで生きるか?」

 

ミハイルは、けして幸せでもない貧しい民衆(ナロード)から

この三つの質問の答えを学びます。

 

マルクスは、「ユダヤ人問題によせて」のなかで

「宗教は、まさに回り路による人間の認知の他ならない

つまり、一つの媒介者を通じての人間の認知なのだ」

と書いています。

 

宗教は、依存するものではありません。

宗教は、人間を知るためのひとつの手段に過ぎません。

 

晩年のトルストイは、宗教的な民話を題材にして

「人間の心のなかに神がいる」

という真実を教えてくれます。

 

ミハイルが、セミョーンとその妻にはじめて会ったとき

彼らに死相が出ていたのと、語ります。

 

死相が出ていたという人間の行動については身につまされます。

 

☆『火を粗末にすると-消せなくなる』あらすじ

 

ある村に、隣同士の家があり、

先代の頃は仲がよくて助け合っていたのですが、

息子の代に仲が悪くなり、

ついに裁判になりました。

 

裁判に負けた方の家の主人が、憎しみから隣家に放火します。

 

その放火を目撃した、家の主人は、

すぐに、消火すればいいのに、放火犯である

隣の主人を捕まえようともみ合います。

 

その間にには、大火事になり、

両家どころか、村の大半が焼けてしまいます。

 

火をつけられた家の主人は、

家事から逃げて死にかけた

先代のおじいさんに説教されて、

改心します。

 

おじいさんは、

「お前が隣家の主人の放火の罪を黙っていれば、神様は助けてくれる」

といい残して亡くなります。

 

彼は、その言いつけを守って、

放火した主人の罪を黙っていました。

 

そのおかげで、両家の主人は、仲なおりします。

 

両家が協力して、村を復興して、両家は以前よりも栄えました。

 

 

☆感想

人の悪口や陰口は、やめたほうがいいですね。

ほんの些細なすれ違いが、憎しみ合いまで発展します。

僕も短気なので、すぐ感情がでてしまう方ですが、

感情がすぐ出るような生活第度がよくないし、

そういう職場や家庭にいること自体が、

そもそもよくないです。

 

そういうことを根本的なことを反省しないと、

不用意に憎しみ合って、取り返しの付かないことになります。

 

☆「ろうそく」 あらすじ

凶悪な管理人に悩まされる農奴たちは

その管理人を、暗殺しようと画策するが

農奴の中で、信仰心の厚いピョートルだけが

「人を殺せば、自分の魂が血だらけになるだ」

と反対するのであきらめる。

 

圧政をつづける管理人は、復活祭の期間まで

農奴に労役の命令を出す。

そして、そのむごい仕打ちに怒った農奴たちが自分のことを

なんというふうに悪口言ってるか、ある農奴に調べさせる。

 

はたして、ピョートルだけは、嬉々として労役をして、

手元に「消えないろうそく」を灯したまま働いていたという

不思議な話を、管理人は聞かされる。

 

管理人は、「あの男はおれに勝った」といい、

やがて精神的におかしくなり死ぬ。

 

☆感想

タルコフスキーの『ノスタルジア』のろうそくの件は、

この話が由来と思われる。

1983年のカンヌ映画祭で、(『戦メリ』『ピエラ 愛の遍歴』など

すごい作品がたくさん出ていた。)

ブレッソンの『ラルジャン』(こちらもトルストイ原作『にせ利札』)と

パルムドールを争った作品だが、(深沢七郎原作の『楢山節考』が受賞)

 

有名な、

「蝋燭に火を灯し、広場の温泉を渡りきることが出来たら、世界は救済される」

というエピソードは

この短編から来ているのだろう。(下がそのシーン)

 

 

圧政の中での、神の救済を表現した残酷なお話。

 

☆『ニ老人』あらすじ

 

エルサレムに巡礼でかけた二人の老人。

一人はしっかりものの敬虔な老人で、

一人はすこしだらしないがやさしい老人だった。

 

彼らは巡礼の旅路ではぐれる。

良心の呼び声にしたがって行動した老人は、

誰よりも主に近かった。

 

☆感想

病気と貧困にあえぐ一家の描写が写実的でショッキング。

また、エルサレムで老人に、

つきまとう旅僧の影が、生々しい印象を残す。

最後の一行を読んだとき涙がちょちょぎれました。

 

『彼は、この世では神がすべての人に、死の刹那まで、

愛と善行とをもってその年貢を果たすように

命ぜられたのであることを、さとったのだった。』

 

 

自分の良心に照らして行動して、

生きることのすこやかさを描いています。

 

現実はこうでなければならないのですが、

それは、口に出して言うことではなく、

ただ、心のなかで悟ることなんですね。
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