環境が悪いのに頑張ることに意味はあるか? 強運になる!!

ちょっと強い言葉で書きますね。

不愉快だったらすみません。

音声にもしました。読むのが面倒なら聴いてください。

 

職場や学校が嫌で、辞めるっていう人は、

 

だいたい

 

「この環境にいても、マジ無理だわ」

 

と思っていると思います。

 

つまり、上司や、同僚が嫌だ、先生やとクラスメートが嫌だ。

 

要するに、クソみたいなやつしかいない。

 

そいつらが、目の前で聴こえるように俺の悪口を言う。

 

彼らと人間としての最低限の信頼関係も築けない。

 

一緒にいるのが耐え難い。

 

だから、見切りをつけて転職したり、退学したりします。

 

でも一方で、少年ジャンプみたいに

環境が悪くても頑張って、成長して

ライバルに巡り合って、それが仲間になって

強くなるみたいなストーリーがあります。

 

『逆境からでもはい上がって成功する。』

 

みたいな、有害マンガです 笑

 

そういうストーリーのせいで

環境が悪いのに頑張れないのは、

「お前が悪い」

親や、上司や友だちに説教されたりするわけです。

 

説教されないまでも、そんな感じで見られる。

 

はっきり言わないけれど、

 

そんな感じで見る。

 

味方だと思っていた家族や友だちからも

そんな感じでみられていることがわかると、

「うわ~」、ッて思いますね。

 

ますます人間不信になります。

 

皮肉なことに、

そういう「お前が悪い」という価値観をゴリゴリと人に押し付ける人に限って、

頑張っても、なんだか報われていない人生を送っているようにみえます。

 

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ぱっとしないし、楽しそうでもない。

 

いつも、眉間にしわがよってたりして、不機嫌な顔してます。

 

あるいは、自分の悩みを理解していない、人の話を聞く耳を持たない。

 

この皮肉な現実こそ、しっかり研究する必要ありです。

 

「お前が悪い=自己責任派」の言葉は、全然、説得力がないから、

聞いていると、どうしても反発を感じます。

 

感じたことないですか?

 

言い合いしてみればわかりますけど、

考え方が違うから、10分くらいで

話し合っても、無駄だとわかります。

 

たしかに、戦後のある時期、

日本が貧しかった頃は、環境が悪くても、

人一倍苦労したら、報われたかもしれません。

 

しかし、それは、社会自体がすごい勢いで成長していた時代の話です。

 

今の中国見ればわかりますが、すごい勢いで発展すると、

労働環境が悪くても、どんどん給料は上がるわけです。

 

でも、現代の日本のように、インフラも整って

成長が頭打ちになった社会では

いくら頑張っても人は、給料も上がらず、ろくなことも学べず、

よくよく考えると

会社や学校に利用されているだけ、という場合のほうが多いです。

 

誤解してほしくないのは、働くことも勉強することも

もちろん尊いことです。

 

働くことは楽しいですよ。

 

人間は、働いて「自分の限界を超えること」に喜びを感じる生き物です。

 

そして、努力は重要です。

 

しかし、自分が納得いかないような、環境の悪い場所で

報われると信じて頑張ることが、正しいのでしょうか?

 

その行為は、未開の土人しかいない国で、

キリスト教を布教する宣教師みたいなものです。

 

よほどの信仰心というか狂信がないとできません。

 

そもそも、苦労することと、社会の役に立つことは

まったく別のことです。

 

従業員には苦労させても、地元に雇用を作ったり、

たくさん税金納めたりして、社会の役になっている

お金持ちの経営者はたくさんいます。

 

給料が上がらない従業員の立場から見れば、

そういうお金持ちの経営者が憎らしいのが本音です。

 

まあ、この本音は、あまり公にならない本音ですが。

 

「憎まれっ子、世にはばかる」ということわざがあります。

 

嫌なことわざだと思うけれど、真実です。

 

実は、「憎まれる」って悪いことじゃないですよ。

 

人に嫌がらせしたら、恨まれます。

 

「恨まれる」と、「憎まれる」は違います。

 

憎まれるというのは、嫉妬されることです。

 

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恨まれるようなことしてなくても、

お金持ちの経営者が、お金持ちゆえに

嫉妬されて、憎まれることは世の中よくあります。

 

「憎まれっ子、世にはばかる」というのは

昔は、農地をたくさんもてって、

それを分譲して成金になった地主さんたちのことを

指していたのかもしれません。

 

現代では、意味が違ってきています。

 

立派な経営者あと会社を引き継いだ

ボンクラのニ代目三代目社長を嫉妬した

サラリーマンのせつない、ため息みたいな言葉です。

 

 

話がそれました。

 

さて、

 

環境が悪いのに頑張ることは意味があるのでしょうか?

 

頑張っている人間に、劣等感を植え付けるような

否定の言葉や態度を繰り返す経営者や上司や、同僚がいるなら

そんなところで働く意味はあるのでしょうか?

 

皆さんあると思いますか?

 

僕が思うに、一番大切なのは、

頑張ったら報われる環境で、頑張ることです。

 

頑張っている人間に、劣等感を植え付ける職場や学校は、

存在価値が無いです。

 

 

そんなところにしがみつく、

自分が気の毒だと思ったほうがいいです。

 

環境が悪いのに、頑張れば報われると思って、

苦労している人は、

結局、自分勝手な期待を抱いています。

 

将来報われるという期待を、一方的に募らせている

言ってみれば、「ストーカー」です。

 

ストーカーと同じ考え方なんですよ。

 

そういう人の頑張る姿には

世の中の不幸を背負ったような、悲壮感が漂っています。

 

そして、頑張っでも報われないことを、家に帰って

不平不満や愚痴、人に対する悪口で発散します。

 

報われない人の典型的な行動パターンです。

 

クソみたいな職場や、クラスにいても、

クソまじめな人なら、俺がこの環境を変えてやる!!

くらいの気持ちで頑張るかもしれません。

 

「神様は、いつか自分の努力を認めてくださる」

 

単純に善良な人はそう信じて頑張ります。

 

こういう考えは、好きな彼女が

いつか振り向いてくれるか復縁してくれるとと信じている

ストーカーと何も変わらないのではないでしょうか?

 

あなたがいくら頑張っても、響かないような腐った環境はあります。

 

人間関係が徹底的に壊れています。

底にいる人たちの人格も、自覚はないけど壊れていると思います

 

そこにしがみついて、自分を責めて生きるのは間違っています。

時間の無駄です。

不幸です。

 

確かに、頑張ることで、

周囲が感化されて、環境がよくなるケースもあります。

 

でも、それには、重要な条件があります。

 

その条件は、職場でいえば経営者や役員

学校で言えば、担任の教師や指導教官が

あなたの理解者であり、保護者であり

あなたを応援してバックアップしてくれる場合だけです。

 

そういう応援やバックアップがないのに

ひとりよがりで頑張れば報われると思っている人は、

自覚がないでしょうが、自分勝手なんです。

 

「頑張っていれば報われるストーカー」です。

 

環境の悪い中で、あなたの期待に答えない

周囲に人間に自分の価値観を押し付けているだけです。

 

せつない片思いだけが、空回りします。

 

鏡を見ればわかることです

自分は自分のために一生懸命頑張ってくれているのだから。

 

もっと自分を大切にしてあげて下さい。

 

あなたのことを大事にしてくれる職場や学校で頑張ってください。

 

周囲の人間がクソに見えるのは、あなたのほうが志が高いんですよ。

学力とか、運動神経とか、仕事の要領抜きにしてですよ。

 

きっと、すぐれた志を持っているのですよ。

 

 

「億万長者になる方法」とかいう本読んだら、

その本を書いた成功者であるアメリカ人は、7回転職していました。

 

6回目まで、ダメ人間だってボロクソに言われて、

起業もしてみて、詐欺にあってだまされたけど、

7回目の転職で、一緒にビジネスやろうという人が現れた。

 

普通の人は、怖くて、7回も転職できないです。

 

だから、7回以上転職してみましょう。

1ヶ月で7回転職したっていいです。

 

環境コロコロ変えて、いいことないと思う人もいるでしょうが、

自分にやりたいことが見つからないのなら、

せめて環境だけでも変えて下さい。

 

人間が自力でできることは、1割くらいです。

 

あとは、環境がよかったという条件が9割なんです。

 

周囲の人の援助があった、運がよくてうまくいった。

自分のことをやたら買ってくれて、応援してくれる人がいた。

 

これが、人間が成功する要素の9割です。

 

結局は、環境がよくて成功するケースが多いです。

 

自分の努力と周囲の環境の歯車がカチって噛み合ったとき

頑張ったことがが報われて、成功します。

 

環境が悪いと、報われない努力ばかりしてしまって、

自己重要感がどんどん下がるので、悲壮感が漂います。

 

その悲壮感が、世間では、なぜかいちばん嫌われます。

嫌われるどころか恨まれます。

 

存在自体が、周囲を責めるのです。

楽しくなさそうなオーラが出ます。

 

環境が悪い中で無理して頑張っていて、報われないと

あなたはやがて、無気力になります。

 

自己重要感が下がり、何やってもダメな人間に思えます。

 

こういう無気力を感じ続けると、死にたくなると思います。

 

あるいは、自分の期待に応えない

周囲の人間を殺したくなります。

 

この世の中がなくなってしまえばいいと思います。

 

こうならないためにも、

ここにいてもダメだなと思ったら、

さっさと方向転換しましょう。

 

サラリーマンや学生が、逆境を乗り越えて、成功していく

経営者やスポーツ選手や、芸能人、マンガのキャラクターを

手本にするのは、間違っています。

 

彼らは才能という武器を活かして逆境をのりこえます。

 

特に、サラリーマンは才能の対価で

給料をもらっているわけではありません。

労働の対価で、給料をもらっているのです。

 

しょせんは、組織の分業の担当者でしかありません。

 

だから、才能を活かして成功した人の論理を

サラリーマンの職場に持ち込むと、

周囲の関係にアツレキが生まれます。

 

職場がサラリーマンに

求めているのは、個性的な仕事ではなく、

分業としての正確な働きです。

歯車としての適正な労働です。

 

島耕作やら、サラリーマン金太郎みたいに

逆境を乗り越えて働いている

個性的なサラリーマンがいたとしたら、

彼らを支えてくれるに特殊な人間関係や環境があるわけです。

 

経営者や役員のバックアップ=後ろ盾です。

 

重要なのは環境です。

 

頑張ることと

報われることは

イコールじゃないです。

 

頑張ることで報われるには、

環境や、時代の流れ、周囲の応援などなど

他にも必要なことがあります。

 

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頑張るというのは、報われるための

一つの要素でしかないわけです。

 

頑張ることを邪魔するような環境だったら

職場も学校も、さっさと辞めていいでしょう。

 

報われるというゴールの邪魔なのですから。

 

自分を痛めつけると、ひねくれた人間になります。

そして、無気力な人間になります。

 

フランスの社会学者デュルケームっていう人が言ってますが、

無気力な人間が、ある日突然一番、狂った行動に出るといいます。

 

そういう人は、ある日、何もかもが信じられなくなって

すさまじい孤独の闇に落っこちて

一番極端な行動にでるからです。

 

自殺するか、ひどい場合は、無差別殺人を犯します。

 

そうならないためにも、あなたを支えてくれる

しっかりした環境で、頑張るべきだとおもいます。

 

頑張るのは、苦痛ではありません。

楽しいからこそ、頑張れるのです。

 

歯を食いしばって苦労する人だけが成功するわけではないです。

そういう人の成功は、案外長く続かないです。

 

実際は、楽しく頑張ったら成功していたケースのほうが多いです。

 

楽しいから頑張れるのが、人間の努力です。

 

頑張れない人は、楽しくないから頑張れないのです。

 

楽しく頑張っている人は、

人を恨んだり、自分を卑下することがないです。

 

環境が悪いのに頑張るのは、自分を虐待する行為です。

 

あなたは、自分を痛めつけて楽しいですか?

 

 

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