コラム 『罪と罰 レベジャートニコフとコミューン』

『レベジャートニコフとコミューン』

『罪と罰』に登場するレベジャートニコフは、

コミューン(共産自治体)にはまっている男だ。

コミューンというのは、日本語では馴染みがないが

「コミュニティ」といわれれば、ピンとくるのではないだろうか。

 

「コミュニティ」とは地縁や血縁、職場などで結ばれた社会共同体である。

 

どの街にも「コミュニティ広場」みたいな地域住民のための公共施設がある。

そこに集まる人びとをイメージしてもらえばわかりやすい。

 

反対概念は「ソサエティ」である。

これは、日本語で言うと「社交」だ。

社交ダンスの「社交」だ。

社交ダンスというのは、ダンスで懇親を深めるソサエティである。

 

日本では、社交ダンスは中高年の趣味というイメージだが、

欧米の外交の場ではダンスは必須科目であった。

「会議は踊る。されど進まず」という格言もある。

 

「ソサエティ」はおおむね会員制であり、参加資格満たしていないと入れない。

きちんとした知人の紹介や、推薦がないと参加できないこともあるし、

収入職種学歴の条件などが、参加資格になるケースがある。

 

外交官のパーティーやゴルフ場の会員権や会員制宿泊施設などを

イメージするとわかりやすいと思う。

 

「ソサエティ」には、国籍も宗教も階級も違う人が、

相互理解を深め、社交をはかる目的がある。

 

ただし、入ってしまえば平等だが、入るまでは排他的で差別的である。

 

コミュニティはその真逆である。誰でも価値観が共有できれば参加OK。

 

だた、価値観を押し付ける強烈なリーダーがそこにいるかもしれない。

 

レベジャートニコフは、近所の貧しい少女ソーニャを自分の所属する

コミューン(コミュニティ)に勧誘していた。

 

コミューンの価値観を共有して貰う必要があるので

彼女に教育をほどこしてやっていたようである。

 

しかし、レベジャートニコフの参加する共産主義的コミューンは

キリスト教の信仰を、無知蒙昧な迷信として否定していた。

 

敬虔なロシア正教徒であるソーニャが彼から距離をおいたのは当然だ。

日本にもたくさんのコミュニティがあるが、ソサエティは少ない。

(終わり)
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