コラム 『社会秩序と強権』

『社会秩序と強権』

PowerとForceというのは、違う。

Powerは、潜在的な能力のことである。一方、Forceは、物理的な力のことだ。

権力は、Powerである。たとえば、列強国のことをPowerと呼ぶ。

Forceは、裁判所や強制執行や、警察権のことだ。

 

法の支配(Rule of Law)に基づいて行使される物理的な力だ。

Powerは、ヤクザが凄むようなもので、潜在的な力を誇示することだ。

 

ヤクザが殴るというのは、これはForceであるが、違法である。

だから、ヤクザは一般庶民を威嚇はしても、簡単に殴りはしない。

 

ヤクザが刺青をみせながら凄むというのは、Powerが何かわかっているからだ。

社会秩序というのは、PowerとForceによって保たれている。

 

ただ、Powerというのは、核兵器による抑止力みたいなもので、

潜在能力を実際に行使すれば、これは、核戦争による世界滅亡ということになりかねない。

 

ヤクザが刺青いれるのも、周囲を威嚇するのも、たんに暴力を好むからではない。

抗争ばかりしていれば、ヤクザも社会秩序の中に居場所がない。

 

刺青や恫喝は、既存の社会秩序から外れたヤクザが

己の秩序を保つためのPower=抑止力であり、

ヤクザも建前では、「極道」という特殊な「法の支配」を受けている。

 

要するに、社会秩序の中に、ヤクザの秩序を築き上げ、共同生活しているのである。

 

Powerは、潜在的なのだから、実際には虎の威を借るキツネでもいい。

核を持っている強国と、軍事同盟して核の傘に入ればいいのだ。

 

社会秩序というのは、権力のあるものに有利に出来上がっている。

 

潜在的能力があるとみなされれば、既存の社会秩序では幅を利かせられる。

 

そして、実態の伴わない権力でも、バレなければ、有効である。

武勇伝を語るヤンキーも、潜在的な能力を誇示しているのである。

 

この世には法の支配を悪用して、権力を思いのままに振るう悪人がいる。

 

腐敗した警察や検察の権力なんてものは、PowerとForceの合わせ技なので、

手がつけられない。

 

彼らが法の支配を悪用して、都合のいい正義を振りかざすと強権が生まれる。

 

社会秩序が崩れたとき強権を発動するのはこの腐った部分だ。

(おわり)

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