コラム 『現代は水平化の時代である』 

『現代は水平化の時代である』 

哲学者キルケゴールは『現代の批判』のなかで『現代は水平化の時代である』と宣言した。

つまり、現代は、嫉妬によってあらゆるものが水平化される時代だ、と。有名人のスキャンダルがいい例だ。出る杭を叩いて、庶民と同じレベルに引きずりおろしバッシングすることに皆が熱狂する。この水平化は、いたるところに観察される。恐ろしいのは、この嫉妬は他人に対して起こるだけではないことだ。人は、あるべき自分の姿にも妬みをおぼえるから驚く。明日からダイエットしようと誓って、夜中にアイスを食べる。自分へのご褒美に5年のフルローンで車を購入。事故を恐れて、ほとんど乗らない。好きな女性にアプローチしておきながら、断られる前に身を引くことを伝え、「しかし、あなたを経済的に養えないから」と潔く立ち去る。つまり、アクセルを踏みながらブレーキも同時に踏む、そんな滑稽な行動に出てしまう。こんな悲喜劇が、至るとこに観察されるのが現代である。現代の水平化は社会事件にも垣間見える。例えば、ある警察官が、一人の男しかいない広場に駆けつけて、「みなさん、すみやかに解散してください」と拡声器で警告した。呼びかけられた男は、複数形で呼びかけられ、ここにいたはずの群衆は、どこかに退散したのかもしれないと勘違いする。彼は、この出来事をマスコミに伝える。マスコミは、彼のタレコミを利用して大々的に当局の介入を報じる。『デモ隊は警察の介入によって未然に弾圧された』と情熱的な見出しが踊る。デモは事前に鎮圧され、未遂に終わった。しかし、実際は広場にデモはなかった。情熱もなかった。事件らしい事件さえもなかった。『大事件が起こるのを絶えず阻止しておきながら、そのくせ大事件がおこりつつあるかのように絶えず見せかけておくという風にして時を稼ぐ』のが現代の特徴だ。ここに強力な水平化作用が働いている。我々は、打算的な傍観者として、存在しない熱狂に嫉妬する。これが現代だ。ああ、むなしい。しかし、忙しい。

(終わり)

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