コラム 「とにかく、みんな『いいわけ』を探しているのである」

とにかく、みんな『いいわけ』を探しているのである。

やらない『いいわけ』である。

トイレの便器に『うんち』がこびりついていても、見えないふりである。

見つけると掃除しなければならない。

しかし、ゴム手をはめたり、エプロンをつけたりするのが面倒くさいので、

あとで掃除することにして、見なかったふりするのだ。

頭の中も、便器と一緒だ。

『うんち』をこびりつけたまま、見なかったふりをする。

頭の中にこびりついたうんちが『いいわけ』である。

『できない』『知らない』『気づかない』などなど

こういう『いいわけ』は、わかりやすいが、

『完璧にできないから、やらない』

『言われていないので、やらない』

『教えてもらっていないので、知らない』

『鈍感なので、気づかない』と、

『いいわけ』にデコレーションがついてくるケースはやっかいだ。

どうみても『うんち』なのだが『チョコレートだ』と言っているようなものだ。

これは、ウソなのである。

しかし、自分でウソだと認めないので、

自分自身についているウソである。

人間は、自分にウソをつ変なく生き物だ。

『いいわけ』は自分の『うんち』すら正当化してくれる。

ゴミ屋敷に住むというのは、『いいわけ』の中に住んでいるのと同じことである。

周りの人は、臭くて迷惑しているが、本人は気づかない。

あるいは、うすうす気づいているのに、知らんぷりだ。

実は、『いいわけ』は、とても疲れる。

いいわけを考えだすのにも知恵が必要だ。

もっとましなことに、知恵を使えばいいのに、

わざわざ『いいわけ』のために体力を消耗している。

禁煙できないのも、毎晩、深酒するのも、休日、朝からパチンコするのも

家計が苦しくて借金するのも、頭痛薬を飲むのも

ダイエットできないのも、ネットで衝動買いするのにも

みんな『いいわけ』が必要だ。

つじつま合わせる計算に、思考能力を奪われるために

単純なお金の計算もできなくなってしまう。

世の中は、商品を売り込むときは、『いいわけ』もセットで、勧めてくる。

『自分へのご褒美』『キャリアアップ』『ワンランク上のたしなみ』などなど

『いいわけ=うんち』がばれないように、

きれいにデコレーションして、買いたいと思わせる。

チョコレートソースで、いいわけをデコレーションするのだ。

ただ、甘ったるいのですぐ飽きて、目移りしてしまう。

もったいないので、『いいわけ』を持ち寄って、みんなで見せ合う人もいる。

「今朝は、太くて長いバナナみたいな、『いいわけ』がでたよ!!」

いたずらっこの小学生男子みたいである。

『わ~、くっさい』、みんなでハイテンションである。

そのバナナをチョコでデコレーションすれば、それは、わるのりだ。

いい大人が、そんなわるのりで、つながっている。

自分のだけが臭かったらショックなので、みんなでふざけて紹介しあうのだ。

冷静に見れば、この世の中は、こんなわるのりが半分以上である。

気がつくと怖いので、気づかないふりしているだけだが、

みんな、饒舌(じょうぜつ)な汚物(うんち)のなかでのたうち回っている。

そして、うまい『いいわけ』、新しい『いいわけ』を

みんなで探していて、見つければ、みんなで一斉に飛びつく。

恐ろしいことである。よく考えれば地獄だ。

(終わり)

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